―宇都宮大学国際学部 講演会―
講演者:アレクサンダー・フラッチャー氏
(A銀行B支店スタッフ)
演題:「国際金融業務と日本社会―EUの通貨統合問題―」
日時:2002年1月16日(水)13:00〜14:30
場所:宇都宮大学国際学部E棟1251教室
さる1月16日に国際学部国際文化学科主催の講演会が、アレクサンダー・フラッチャー氏を招いて行われました。当日は流暢な日本語でユーロ導入をめぐる示唆に富むお話しをしていただきました。以下は講演会当日の記録です。
司会 渡邉直樹(宇都宮大学国際学部教授) 藤田和子国際学部長の挨拶
<講演内容>
仕事の内容は一言でいえば欧州株式の販売である。機関投資家(生命保険会社。投資信託会社など)を顧客として仕事を行っている。これらの機関に株式を売るというのが仕事である。ヨーロッパの証券市場を毎日見なければならないが、日本との時差が8時間ある関係で、午後4時には欧州の証券取引を把握している。
ユーロの導入は1999年1月になされ、2001年1月1日からユーロ貨幣が加盟国において流通している。現金の9割がユーロで占められるまでに至っている。
第二次世界大戦後、欧州はマーシャルプランによってアメリカから援助を受けた。その時の条件に欧州諸国が互いに協力するというものがあった。92年2月のマーストリヒト条約により、ユーロという通貨のコンセプトができあがった。しかし、これによって直ちに現金が流通したわけではなく、まずは加盟国間(ユーロ圏内)の為替取引が一元化されるようになった。
そもそも欧州連合とユーロ圏とは違う。ユーロ圏12カ国は、欧州連合(EU)のメンバーであるが、EU加盟国の中でイギリス、デンマーク、スウェーデンなど3カ国はユーロ圏に入っていない。今度のイギリス総選挙でブレア政権が維持されれば、イギリスのユーロ加盟の可能性は高くなると思う。
例えば、オーストリアでの生活ではイタリア国境やドイツ国境まで30キロしか離れていないために、この両国の通貨も持っている人が多い。今、自分の財布にはポンドとユーロしかないが、以前欧州に行った際には6カ国の通過を持ち歩いていた。
ユーロ導入前は、為替の売値と買値が異なり、ここに手数料が掛かっていた。これがユーロになるとそもそも交換する必要がなくなる。そのためのコストも掛からなくなる。したがって、銀行の為替両替業務も大幅に縮小することになる。このことにより確かに失業が生み出される側面は否定できないものの、長期的にはメリットが多いと考えている。
日本への影響については、中央銀行(日本銀行)が持っている外貨準備金に及ぼす影響がある。例えば、イラクの原油流出をめぐり、フセイン大統領は原油をユーロで販売すると発言したが、これが実行に移されれば日銀のユーロ外貨準備金が問われることになる。ユーロ導入が日本にとっていいことなのか、脅威なのかはケースバイケースだとしか言えないが、個人的にはメリットの方が大きいと考えている。
ユーロ導入により為替の交換手数料がなくなるのは企業からみてもメリットであるし、為替リスクが存在しなくなるのが大きい。イタリアとドイツの例を見ても分かるように、既にユーロ加盟国においては国家間での取引も国内の取引も同じようなものになりつつある。また、加盟国間での物価が簡単に比較できるようになった。例えば、ドイツ人がインターネットを通じて、スペイン、フランスの電気会社が販売する電化製品の価格をすぐに把握できる。それによってどこの国の製品が安いかすぐに比べることができる。おそらく数年後には物価水準がだいたい一緒になるのではないか。
物価が同じレベルまでいくと、スペインやポルトガルのような物価の安い国ではインフレになりやすくなり、ドイツやイタリアのような物価の高い国ではインフレが起こりにくくなる(デフレがおこりやすくなる)。今後はユーロが外貨準備金に使われ、為替も高くなることが予想される。本日、1ユーロは116円だが、昨年は80円台という時期もあった。このことからユーロが強い通貨になりつつあるのが分かる。ユーロが導入された時、加盟国の証券市場での株価はすべてユーロとなった。日本の都市からみると、ユーロ導入により仕事が楽になった面がある。各国別に銀行口座を開く必要がなくなったからだ。
ユーロ導入の別の影響として「ヨーロピアン・アイデンティティ」が挙げられる。ギリシャ語を起源とする「ユーロ」という名前からも一体感への志向性があらわれている。また、これからユーロ圏が拡大すると同時に「ヨーロピアン・アイデンティティ」も拡大していく可能性がある。
しかし、一方で古い貨幣の回収コストと新貨幣を流布するためのコストがかかる。物流のコストについても同様である。ヨーロッパではユーロ教育番組が導入前にはしきりに組まれた。自動販売機など、オーストリアの通貨であるシリングしか使えないということや、同じユーロ通貨でもドイツで作ったユーロしか使えないといった問題が起こった。ドイツのユーロコインとオーストリアのユーロコインとは裏側のマークが違っているからである。しかし、こうした問題はいずれ解消されるであろう。
ある国ではユーロ導入により、土地の値段が10倍になってしまったところがある。ドイツとフランスがユーロ圏の経済規模の6割を占めている。ドイツは物価が比較的高く、景気も良くない。金利を考慮する際、経済状態が悪いと当然金利が低くなる。欧州中央銀行はこのような状況に神経を使わなければならなくなる。
欧州の株式をユーロで買うようになって、為替の影響要因が変わった。日本の投資家がヨーロッパ株に投資する際、ユーロによる為替率が出てきて、その際のリスクにはマイナスリスクもプラスリスクもある。通貨の動きが日本の投資家からみると大切である。投資家は欧州以外の為替状況にも目を向ける必要がある。
他にもユーロの加盟国はどのように選ばれたのかなど重要なテーマである。また、1ユーロと加盟国の旧通貨の交換率については理解しにくい面がある。例えば、日本では1ドル130円ぐらいであるとして、このことを頭に置きながら物を買うが、ユーロ加盟国の場合はこのようにはいかない。例えば、オーストリアは1ユーロ13.36シリングということになっているが、このあたりどうしても明確でない部分が出てくる。
<質疑・応答>
質問:ユーロの一体感というのはどの程度のものなのか。
フラッチャー氏:若い人の方が一体感を持っている。年配層は昔の方が良かったと考える傾向にある。EU加盟国間の協力を進めていくことに賛成である。それによって経済活動が活発になり、規制緩和によって経済が発展する。例えば、消費税率は国によって違うが、こうした諸ルールを調整することによっていくつかの経済障害が除去できるようになると思う。欧州連合では従来から経済的な統合を進めており、政治的な統合も図っている。文化的統合はまだ先かもしれないが、いずれにしても、欧州連合はこれから拡大していくと思うし、お互いの協力についても新たな課題が出てくるとは思うが、長期的には発展していくと思う。
質問:ユーロ二国間で交渉する場合にどちらの言葉を使うのか。
フラッチャー氏:外国語を用いる際には「アクティブ知識」と「パッシブ知識」を使う。例えば、ドイツとフランスとの取引で互いが理解できない場合、ドイツ語の問いにフランス語で答えるということもある。英語もよく使われている。
質問:ヨーロッパ人は円をどう見ているのか。
フラッチャー氏:ヨーロッパにとって日本は「遠い国」であることは事実であるが、金利に注目し、住宅ローンを円建てで行う人もいる。
質問:物価水準、人の移動など、ヨーロッパはこれからどう推移していくのか。
フラッチャー氏:人の移動について、ユーロ導入前には懸念があった。アメリカの場合、ニューヨークで仕事がない場合、シカゴに集中してしまうというふうに。しかし、欧州では各国毎の言語の壁がある。したがって、人の移動はあまりないといえる。また、建設現場の仕事などを見ても人の移動はあまりない。物価水準がすべて一緒になることは将来的にもないと思う。消費税率の違いや運輸コストの違いを考えなければいけないからだ。スペインで買ったテレビをイタリアで修理できないといった面もある。日本では宇都宮と東京の物価は違うようであるが、このようなことはユーロ圏にも当てはまる。
質問:トルコのユーロ加盟の可能性はあるのか。
フラッチャー氏:ヨーロッパとの一番大きな違いは宗教・価値観の違いである。80年代には当時のフランス・ミッテラン大統領によるトルコに対するEU加盟拒否の発言があった。トルコはNATO加盟国であるがEU加盟国ではない。経済水準も高いとはいえず、人権問題もないとはいえない。もし加盟するとすれば次の次の段階ではないか。
質問:ヨーロッパの法律等はどうなるのか。また、国境を越えた犯罪対策などどうなるのか。
フラッチャー氏:例えば、スイスはEUにもユーロ圏にも入っていない。しかし、犯罪対策などの連携はある。将来的にはヨーロッパ共通の法律が作られる可能性も否定できない。
(文責:中村祐司、渡邉直樹)